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こめおの生い立ちや経歴は?家族構成と割烹こめを・かにを開店までの経緯

BreakingDownで「闘う料理人」として知られるようになった、こめおさん。

現在は麻布十番の「割烹こめを」や、浅草の蟹ラーメン専門店「かにを」など、食を中心に事業を広げています。

こめおさんの生い立ちや経歴、家族構成、料理人となり2つの店を開店するまでの歩みをまとめます。

目次

こめおの生い立ちは?

現在のこめおさんの活動をたどっていくと、幼いころから「食」が人生の大きなテーマになっていたことがわかります。

こめおさんは1995年3月7日生まれ。

本名は「沼倉大将(ぬまくら だいち)」で、2026年9月現在は31歳です。

公式プロフィールでは東京都出身と紹介されています。

幼少期はシングルマザーの家庭で育ち、決して余裕のある生活ではなかったことを本人が明かしています。

母親は仕事をしながら子どもたちを育てていたため、家を空ける時間も長かったようです。

こめおさんは、母親が仕事へ行く前に作ってくれた料理を、一人で食べることが日常だったと振り返っています。

日によっては家に食べるもの自体がないこともあり、当時はインスタントラーメンでさえ「高級品」のように感じていたそうです。

現在、料理店を手掛け、多くの人に食事を提供している姿からは想像しにくい幼少期でした。

こめおの家族構成は?

こめおさんの家族については、本人が幼少期の思い出とともに母親や兄弟について語っています。

こめおさんは母子家庭で育ち、母親が子ども3人を育てていたことを明らかにしています。

家族構成は、

  • 母親
  • こめおさん

の4人で育ったとされています。

父親については、名前や職業など詳しい情報は公表されていません。

母親は3人の子どもを育てた

こめおさんが家族について話す際、特にたびたび登場するのが母親です。

母親は働きながら3人の子どもを育てていました。

家計に余裕がない中でも食事を用意しており、その代表的な料理が「もやしとひき肉の炒め物」だったそうです。

安価な材料で3人分を作れる料理だったため、子どものころはかなりの頻度で食卓に並んでいました。

当時は「またこれか」と感じることもあったようですが、大人になってからは時々食べたくなる思い出の味になっています。

2024年に出版したレシピ本にも、「母ちゃん特製」の料理として掲載しました。

華やかな料理ではありませんが、こめおさんにとっては、苦しい時期に母親が作ってくれた忘れられない一皿なのでしょう。

兄と姉がいる

こめおさんには兄と姉がいることも、本人の発信などを通じて知られています。

幼いころは兄との関係に難しさを感じた時期もあったようですが、その後は兄弟と一緒に過ごす様子も発信されています。

母親が一人で3人の子どもを育てていたことを考えると、家庭の中には経済面だけではない大変さもあったのかもしれません。

ただ、こめおさんは現在、当時の母親の苦労を強く意識しているようで、それが後の子ども食堂の活動にもつながっています。

幼少期の「一人ご飯」が現在の活動にもつながる

こめおさんの子ども食堂への思いには、自身が経験した「孤食」が深く関係しています。

母親が働いていたため、一人で食事をすることが珍しくなかったこめおさん。

本人は、大人になってからシングルマザーとして働きながら子どもを育てることの大変さがわかるようになったと語っています。

そこで始めたのが、子ども食堂への支援でした。

東京だけでなく、群馬、大阪、福岡などでも地域の飲食店と協力して子ども食堂を開催しています。

一人でご飯を食べるのではなく、誰かと同じ食卓を囲める場所を作りたい。

現在の活動の背景には、自分自身が子どものころに感じた寂しさがあります。

こめおの経歴は?

こめおさんの経歴は、料理人として一直線に進んできたものではありません。

10代から20代にかけて大きな転機を経験し、その後にお米の世界へ入っています。

主な流れを整理すると、

  • 1995年3月7日:誕生
  • 母子家庭で育つ
  • 若いころに逮捕・収容生活を経験
  • 収容中に白米のおいしさに強く感動
  • 出所後、企業のマーケティング部門で勤務
  • 全国の米農家を訪ねる
  • 「ごはんソムリエ」の資格を取得
  • 2020年:株式会社Fooppyを設立
  • ブレンド米専門ブランド「comel」を立ち上げる
  • 2022年3月:BreakingDownに初出場
  • 2023年11月:「割烹こめを」を麻布十番にオープン
  • 2024年:レシピ本を出版
  • 2026年5月:蟹ラーメン専門店「かにを」を浅草にオープン

という歩みをたどっています。

現在の「料理人・経営者・インフルエンサー」という姿だけを見ると順調に見えますが、その前にはかなり大きな浮き沈みがありました。

服役中に食べた白米が人生を変えた

こめおさんが食の世界へ進む大きな転機となったのが、収容生活で食べた白米でした。

本人は若いころに逮捕され、出所まで4年以上を過ごした経験を公表しています。

東京拘置所では約1年半にわたり独房で生活した時期もありました。

長期間閉ざされた環境で過ごすうちに精神的にも追い込まれ、食事が喉を通らなくなり、体重が15kgほど落ちたこともあったと明かしています。

普段の食事では、麦と白米を混ぜたご飯が提供されていました。

そんな中、行事などの際に年に数回だけ白米を食べられる機会があったそうです。

久しぶりに口にした温かい白米。

それまでお米の味を意識したことさえなかったこめおさんは、その甘さや温かさに驚き、涙が出たと振り返っています。

閉ざされた場所で孤独な時間を過ごしていたからこそ、何気ない白いご飯が心に強く残りました。

そして、「食べることで人を幸せにできる仕事がしたい」と考えるようになります。

現在の「こめお」という活動名や、お米を中心とした料理人としての原点は、この経験にあります。

出所後はごはんソムリエを取得

出所後、こめおさんはすぐに飲食店を開いたわけではありません。

まずECサイト運用などを手掛ける企業へ入り、マーケティング部門で働き始めました。

仕事をしながら、自ら全国各地の農家を訪問。

米の品種や炊き方、香り、食感などについて学び、「ごはんソムリエ」の資格も取得しています。

刑務所で白米に心を動かされた経験を、ただの思い出で終わらせず、本当に米を仕事にするため動き始めた時期でした。

2020年に株式会社Fooppyを設立

米への思いは、やがて会社設立へとつながります。

2020年5月、こめおさんは株式会社Fooppyを設立しました。

社名は「Food」と「Happy」を組み合わせた言葉です。

同年にはブレンド米専門ブランド「comel」を立ち上げています。

comelでは、単に高級米を販売するのではなく、一人ひとりの生活に合うお米を提案することを目指しました。

刑務所で感じた「お米の温もり」を、今度は自分が誰かへ届けたい。

そんな思いから始まった事業でした。

BreakingDown出演で「闘う料理人」に

こめおさんの名前を一気に世間へ広げたのが、格闘技イベント「BreakingDown」でした。

2022年3月にBreakingDown4へ初出場。

オーディションでは強気な言動や存在感のあるキャラクターが注目され、一気に知名度を高めます。

一方で、本業ではお米や料理に関する活動をしていたことから、「闘う料理人」と呼ばれるようになりました。

本人は当時の自分について、仕事でも人生でもくすぶっている感覚があり、BreakingDownを自分を変えるターニングポイントにしたかったと語っています。

その後はBreakingDownだけではなく、YouTubeやTikTokで料理動画を発信。

格闘技で知った人が料理を見るという流れが生まれ、料理人としての知名度も大きく上がっていきました。

「割烹こめを」開店までの経緯は?

BreakingDownで名前が広がった後、こめおさんが次に挑戦したのが自分の料理を提供する店舗でした。

2023年、東京・麻布十番に「割烹こめを」を立ち上げます。

テーマとなったのは、やはり「お米」です。

割烹こめをでは「お米本来の味をその先へ」をコンセプトに掲げ、全国から選んだお米と季節の食材を組み合わせた日本料理を提供しています。

開店にあたってはクラウドファンディングも実施。

目標金額1000万円に対し、412人から1855万2000円の支援が集まりました。

BreakingDownで得た知名度だけではなく、料理人としての新しい挑戦そのものに多くの支援が集まった形です。

2023年11月16日にグランドオープンし、その後一般予約も始まりました。

運営会社は、こめおさんが立ち上げた株式会社Fooppyです。

なぜ蟹ラーメン専門店「かにを」を始めた?

割烹料理の次にこめおさんが挑戦したのが、まったく業態の異なるラーメンでした。

「かにを」は、蟹の旨味を前面に出した蟹ラーメン専門店です。

こめおさんにとってラーメン店は新しいジャンルでしたが、和食料理人として培った技術を別の形で生かすことを目指しました。

開発には約2年をかけています。

味づくりについてはこめおさん自身が主導し、運営や資金面ではBreakingDownでも関係の深い溝口勇児さん側がバックアップしました。

単に「有名人が作ったラーメン店」ではなく、本格的に事業として展開するため時間をかけて準備していたことがわかります。

「かにを」は2026年5月に浅草で開店

約2年間の開発を経て、「かにを」は2026年5月4日に東京・浅草でオープンしました。

運営するのは株式会社蟹をで、代表取締役はこめおさんの本名である沼倉大将さんです。

店舗では蟹の旨味に加え、辛さを複数段階から選べるラーメンを提供。

さらに訪日外国人を意識し、ハラルフレンドリーな商品設計も取り入れました。

「かにを」は国内だけで終わらせず、将来的な海外展開も視野に入れたブランドとしてスタートしています。

こめおさんは、ラーメンについて未経験からの挑戦だったことを明かしながら、約2年をかけて「自分の一杯」と呼べるものにたどり着いたと説明しています。

「割烹こめを」と「かにを」は別の店

名前が似ている2店舗ですが、実際には業態だけでなく運営会社も異なります。

比較割烹こめをかにを
場所東京・麻布十番東京・浅草
開店2023年11月2026年5月
業態日本料理・割烹蟹ラーメン専門店
中心となる料理お米と旬の食材を使った料理蟹ラーメン
運営会社株式会社Fooppy株式会社蟹を

どちらもこめおさんが料理や事業に深く関わっていますが、「割烹こめをのラーメン部門がかにを」という関係ではありません。

それぞれ別の店舗、別の法人として運営されています。

こめおの生い立ちが料理につながっている

こめおさんの経歴を振り返ると、現在の料理人としての活動には幼少期からの経験が何度もつながっています。

幼いころは母親が働いている間、一人で食事をすることが多かった。

その後、閉ざされた収容生活の中で食べた一杯の白米に、思わず涙が出るほど心を動かされました。

出所後は米について学び、農家を回り、ごはんソムリエを取得。

やがて会社を作り、米のブランドを立ち上げ、割烹料理店、さらに蟹ラーメン専門店へと活動を広げています。

BreakingDownで見せる強気なキャラクターだけでは、こめおさんの現在までの歩みは語り切れません。

「食べること」に苦労した幼少期と、「食べること」に救われた経験の両方が、現在の料理人としての活動につながっています。

まとめ

こめおさんの本名は沼倉大将さんで、1995年3月7日生まれの31歳です。

シングルマザーの家庭で育ち、母親が働いている間に一人で食事をすることも多い幼少期を過ごしました。

その後、若いころに収容生活を経験し、そこで久しぶりに食べた白米のおいしさに心を動かされたことが、お米や食の仕事を志す大きな転機となります。

出所後はごはんソムリエを取得し、2020年に株式会社Fooppyを設立。

BreakingDownへの出演で「闘う料理人」として名前を広げた後、2023年には麻布十番に「割烹こめを」、2026年には浅草に蟹ラーメン専門店「かにを」をオープンしました。

母子家庭で一人ご飯を経験した少年時代から、食を提供する側へ。

こめおさんの生い立ちをたどると、現在の料理人としての活動まで一本の線でつながっていることがわかります。

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